畑近し。
ある人が持っていた江戸時代?くらいの畑しごとのHowTo本的なものの出だし。畑の5ヶ条の1ヶ条目がこれ。『畑近し。』
とにかく家から近いことが畑のコツみたいなことなのでしょうか。
たしかに畑に限らずとも、自宅や事務所の庭など、身近な自然から学ぶことはとても多いと思います。常に観察していれば、小さな変化にも気づくことがでるようにもなってきます。
これがなによりも植物や自然と関わるコツというのはわかるように思いますね。
昨年の秋から畑を家から車で30分ほど山手のほうに走った場所で、ご近所に住む大地の再生なかまのご夫婦といっしょに借りはじめました。
家から車で30分というのは近くはないような気もしますが、いいタイミングで、また思いのある方で大地の再生についてもずっと応援してきてくださっている方の自然農の畑をお借りできているので大変ありがたいです。
そこは山の中の、小川が横を流れる段々畑で、私たちの使っている段より上は耕作放棄にになっていて、笹がボーボーとヤブ化してしまっています。
また木々はギリギリの力を振り絞って暴れるようにヒョロヒョロとハリのない乾いた枝を伸ばしています。
また2つ下の段を見れば、完全に沼地化してしまっていて、とても畑として使える状態にありません。
畑として人がいまも使っている土地はいい状態で、一見なんの問題もないようなのですが、その外側の環境に目を向けると、、、
このような状態はなぜおこるのでしょうか。
段々畑は昔の人たちが、田んぼや畑をするために、石垣など自然の素材をうまくつかって、自然の地形に寄り添う形で作られているように思います。ここで毎日のように人々が土を耕し作物を作っていた頃にはどんなに美しい風景が広がっていたことでしょうか。
それでもやはり、一度地形を変えられて、平らに均されたりまた田んぼに利用するためにあえて水が貯まるような地形に変えてしまった土地は、耕作放棄地となってしまうと次第に、荒れ果ててしまうようです。
自然な状態にあれば自然はそれ自体として循環の中にあり、その秩序に従って、少しずつ変化もしながら、なんだかうまいことなっているようですが、人間が一度手を入れてしまうと畑でもちょっとした道でも、そこからすこしバランスが変わってしまいます。
地形を変更したり、水の流れをコントロールしたりすることをした土地では、そこを人間がお手入れをしながら大事に責任をもって使い続けるということが必要なのかもしれません。
また使わなくなった場合にも、なんとかその土地を自然の空気と水の循環の中にお返しできるような仕舞をしてから立ち去るようなことができたらいいのかもしれません。
秋から数えるほどしか畑に足を運ばなかったように思うのですが、大根やカブやサラダの葉っぱが収穫できました。
畑ビギナーで、寒さでなかなか畑に足が向かなかったのだけど、そんなわたしにも畑は大根とカブを与えてくれるのでした。。❤︎
春ももうすぐそこまで来ているし、これからはもっと頻繁に畑に通うことにしたい。